『少年は残酷な弓を射る』いったい誰に?!
★★★★
「母さん、僕が怖い?」
男の子の母としては聞き捨てなりません、このキャッチ。
この映画で、ある少年の母親は、アルコールと睡眠薬で朦朧とするなか、
記憶の断片をたぐり寄せながら、
自分の息子が起こした、ある凄惨な事件に至るまでを回想していきます。
私の子育ては、いつ、どこで、何を誤ってしまったんだろう。。。
彼女のその問いとともに、
私たち観客たちも、何が起こったのかを
彼女の回顧とともにたどることになります。
母親役には『フィクサー』や『ナルニア国物語』のティルダ・スウィントン。
ゴールデングローブ賞ドラマ部門主演女優賞にノミネートされています。
『フィクサー』のとき、彼女の、恐怖や不安が蓄積されていったときの表情はすさまじいな、
と思ったものですが、今回はそれ以上でした。
少年ケヴィン役には、まさにブレイクスルーな新星、エズラ・ミラー。
後で、海外ドラマ「ロイヤルペインズ〜救命医ハンク〜」の
あの孤独なセレブの少年だと気づいたときには驚愕!
少し大人になっているのもありますが、
「そんな妖しさ、どっからきたん?」という体(てい)の成長に
本当に驚かされました。
そう、この美少年がとんでもないことをやらかします。
原題は「WE NEED TO TALK ABOUT KEVIN」
私たち、ケヴィンについてもっと話さなくては。
子どもに対して、それも実の子の行いに対して
見て見ぬふり、といいますか
傍観することの危険性を訴えている側面が、実に今日的ではあります。
自由奔放に旅をする有能なトラベル・ライターだったエヴァは
あるとき妊娠が分かります。
お相手は、やさしくて誠実な、
善良の化身みたいな、カメラマンのフランクリン。
わたし自身も、妊娠したことによって、自分のキャリアが…(__;)
と思ったことが、まったくない、と言ったら嘘になりますけれど、
それ以上のものを今もなお受け取っているので
うーん、この彼女ほども「わが子を愛せない」というのは
わかるような気はするけれども、わかりたくもないような。
ただ、この映画で展開する過去への旅は、
現在の彼女が、薬とアルコールの作用も相まって思い起こしている記憶なので、
すべてが真実とは限らないかもしれません。
まったく「愛してなかった」わけでもないだろうとも思います。
しかし、
私の子育ては、いつ、どこで、何を誤ってしまったんだろう
その点においてのみ、強調されて思い起こされているだけかもしれない、と
鑑賞直後は特に、自分でもかなり恐ろしくなったので、そう思うように言い聞かせたものです。
とはいえ、ケヴィンは赤ちゃんのころから、きかんぼう。
かんしゃく持ち、いわゆる、かんの虫というのか。
よく、ママが緊張していたり、「早く泣きやんで」「早く寝て」と
気持ちが焦っていると、
それが赤ちゃんにも伝わって、余計に泣きやまない、眠らない、といわれます。
うちの祖母もそう言っていましたし、
育児書にも、「そんなときこそ、ママは気持ちをゆったり持って」
なんて書いてあったりしますし、私もそう書いたことがあります。
私自身も、松田道雄さんの『育児の百科』に「夜泣きはなおるもの」と書かれていたのを
「なにそれ、本当に?」「それっていつよ?」と思っていたこともありました。
それがケヴィン、3歳になったら、今度はひと言も言葉をしゃべらない。
父親には笑顔を見せるのに、エヴァにはニコリともしない。
そして、6歳になっても、おむつが取れない。
これ見よがしとでもいうように、大きいほうをしたりする。
おそらくケヴィンは、繊細で敏感で、訴え方が半端ないタチの子なんだろうと思うのです。
そう、母親の気持ちの波にすぐにピンと来てしまうタチなんではないでしょうか。
だからこそ、わざわざそうしていたのでしょう。
いや、いや、もしかしたら彼女自身の記憶がそう誇張されただけなのでしょうか。
各世代のケヴィンを演じた子たちがとてもうまいので、
こちらはいつしか
憎たらしいを通り越して、恐ろしいと感じてしまうようになります。
うちの子がこんな子だったらイヤダ、と思い始めてしまいます。
そして、そのまんま思春期になり、弓にハマっていき…。
今まで友だちと遊ぶ様子などまったくもってなかったのに、
突然、「友だちに自転車の部品を売るんだ」とか言い出し
親の見ている目の前で、宅配で届いた例の荷物をとく。
そのときに「おかしいぞ」と思わなかったのか。
いや、いや、もっともっと早い段階で、
妹の件やハムスターの件でも、「おかしいぞ」と思わなかったのか。
エヴァももちろんそうなんですけれど、父親のほうだって。
この父親フランクリン役がジョン・C・ライリーなのですが、
彼がこの家庭に持ち込む【陽】や【善】の空気が
それはそれは虚しく、うそっぽく感じられるのはなぜでしょう。
「男の子だから、仕方ない」
「そういう年ごろだから、仕方ない」
果たして、それだけなのでしょうか。
彼の立ち位置はまるで、今の日本にもそこかしこに蔓延している
傍観者の立場のようにも思えます。
遊ぶ相手としては楽しいとしても、
ケヴィンがこの父親を父親として尊敬していたかどうかは疑問。
適当に、上手にあしらっていたようにも見えます。
16歳という年ごろ的には、親を試し、客観的に見据え、
自立と依存の中で葛藤を繰り返し、
自我を1回ぶっ壊して再構築したり、自らの人生観を形作っていくために
親子で話し合い、ぶつかり合い、時にともに闘うことも必要な中で、
この親はすでに、ぶつかりながら乗り越えていく存在ですらなく、
もはやすっかり軽視、あるいは無視に値するものに堕ちている。
ケヴィンの執拗な反抗心は、母親のエヴァだけに対してのように思えますが、
実は、その一番の矛先は、彼=父親だったんじゃないでしょうか…。
ラストに、エヴァの記憶と事実が重なったとき
母親としてある思いにたどり着くまで、
彼の言動はかたくなでさえありました。
ケヴィンの、その試すような鋭い視線は
事件の後、エヴァが少年刑務所に会いに行ったときも変わってはいませんでした。
まだ、まだ足りない、とでもいうか。
しかし、カタルシスというわけではないですし、
事件で多くの人が亡くなったり、心にも体にも大きな傷が残ったままなので
罪をもちろん償っていくべきですが、
少し救われた感じがしたんです。
彼の行く末には、光明が一筋、差したような気がしたんです。
あなたのしたことを、ともに私も背負っていくよ、という、母の覚悟のような
まるごとの【受容】がそこにはあったんです。
それこそ、ケヴィンがずっと求めてやまなかったことじゃないかなと。
この衝撃作。セレンディピティとでもいうのか、
このところの日本のできごとにも通じています。
現在も劇場で公開中です。気になる方はぜひ、ご覧になってみてください。
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リン・ラムジー監督、
112分、2012年6月30日公開
2011,イギリス,クロックワークス
(原題/原作:We Need to Talk About Kevin )
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−監督−
リン・ラムジー
−製作総指揮−
リン・ラムジー
−原作−
ライオネル・シュライバー『少年は残酷な弓を射る』
−脚本−
リン・ラムジー
−出演−
*テ...... [続きを読む]
やっちゅさん、コメントありがとうございました!
ぜひぜひ観てください。
怖いくらいに時流にマッチしております。
投稿: uerei | 2012年7月18日 (水) 14時21分
この映画かなり楽しみにしています。新潟での上映が楽しみです。
投稿: やっちゅ | 2012年7月13日 (金) 19時10分