『メモリーズ・コーナー』忘れないで、ほしいから。
★★★☆☆3.5
きっと、忘れません。
あなたの思いを受けとります
阪神・淡路大震災の15周年記念式典の取材のため、
神戸にやってきたフランス人記者アダ(デボラ・フランソワ)の目を通じて、
人々が、街が、今なおとどめている傷を描き出す“フランス映画”。
1月17日生まれのオドレイ・フーシェ監督は、
この震災の数年後、母親の知人の日本人が「孤独死」を
この震災の数年後、母親の知人の日本人が「孤独死」を
遂げてしまったことがきっかけとなって
この映画を撮ることを決めたそうです。
高層マンション、整備された公園…
街並みは一見、復興を遂げたかのように見えても
あの、大きな、大きな喪失感は、
今なお、癒えることはないということを静かに伝えてくれていました。
アダの通訳、岡部役には西島秀俊。
フランス語を完ぺきマスターしたらしく
かなり流ちょうだったと思います。すばらしい。
アダさんとフランス語でたこ焼き食べたりする姿には萌え…
いえ、失礼しました。
そして、アダさんが岡部や市のボランティアとともに訪ねる
かつて長田区に暮らしていた石田という謎めいた男を
阿部寛が演じます。
アダさんと話すときには、英語でした。
2人とも、すっかり、さすがの国際派ですね。
しかし、そんなふうに全編ほとんどフランス語と英語が飛び交う中で
“孤独死 kodokushi”
“仮設 kasetsu”
このやけに、薄ら寒く、冷たい、哀しく、切ない響きの
日本語だけが浮かんでいました。明らかに異質でした。
おそらく、フランス語にはもちろんなく、
震災前にもなかった言葉、
震災があって初めて生まれた言葉だったからでしょうか。
震災があって初めて生まれた言葉だったからでしょうか。
それで、思い出したのが、98年のことです。
たまたま神戸で仕事があり、合間に長田区に立ち寄れたことがありました。
周りはどんどん建築工事が進んでいて、
街の多くがアスファルトに変わっていく過程のときで。
多分、映画にも出てきた公園のあたりのベンチでお茶を飲んで。
そのときにも
何だか、私のいる辺りだけが“浮いている”ような気がしていたんです。
何となくですが、あの公園に座っていたときの違和感というか、
不思議な
少しぼおっとするような感覚がよみがえってきたんですよね。
魂というわけではなくても、目には見えない何かが
あの空間にはあったのかもしれません。
私はその場で、ただのストレンジャーに過ぎなかったのかもしれません。
私はその場で、ただのストレンジャーに過ぎなかったのかもしれません。
でも、だからこそ、感じられた街の空気感がありました。
「孤独だからって、人が死んだりするか」と、
アダの仕事仲間のフランス人記者は、疑問をぶつけます。
でも、あたたかさやつながりや、希望を失ったときには、
孤独によって、人は死んでしまうことさえある。
だからこそ、こうした映画や、グリーフワークというものの意義が
生まれてきたんだと思います。
↓実際に震災を体験した森山未來と佐藤江梨子による、震災15年目の朝。
↓『ありがとう』というタイトルが好き。尾野真千子さんの記憶がないんですが、娘さんの役だったかも。
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