君と歩く世界 Rust and Bone (De rouille et d'os)
★★★★
「錆と骨」から【生】を知る
生々しくも躍動するフィジカルな世界
<ネタバレありますので、鑑賞前の方はご注意ください>
マリオン・コティアール主演、
不慮の事故で両脚を失った、シャチの調教師をする女性の、再生と希望の物語…
ということで
ちょっぴりアンニュイな雰囲気を漂わせる、
シングルファーザー、アリの背中に背負われたステファニーと
「光射す方へ 一歩ずつ ふたりで」
「きらめく愛の感動作」のコピー。
各種ビジュアルも、予告編も、そういう展開になっておりますが、
これには、すでに映画を観た皆さんは、
ブーイングとまではいかなくても、
「違うじゃ〜〜ん!」という突っ込みをおそらくされていることと思います。
私もそう。
「想像していたような映画とは違う…」と始まって間もなく思いました。
ですが、
フランス映画、最近元気がよく、
第75回ゴールデングローブ賞ドラマ部門の主演女優賞ノミネートはさすが。
ただ、2月に発表された本国の第38回セザール賞では
『愛、アムール』が主要賞を席巻するなか
アリを演じたマティアス・スーナーツが有望若手男優賞を受賞し、
脚色賞、編集賞、音楽賞と4部門を受賞しています。
要は本作は、ステファニーはもちろん、アリも、
2人ともが、形や種類は違えど喪失感を抱えている。
お互いがお互いを必要とする、という
2人が主役の物語なのだと思います。
なので、どちらかというと、こっちのビジュアルのほうが好きです↓

このようなプロットだと、
「障害(ハンディキャップ、あるいは喪失)を乗り越える」とか
「再生する」とか簡単に使ってしまいがちですが、
「乗り越える」というのは違う気がしています。
そもそも越えられるものなのか。越えることなんてできないでしょう。
それは、その状態で、この先ずっと続いていくのですから。
ですから、「受け入れる」とか「受け止める」のかな、なんて思います。
ところで、
アリが生活のために選んだのは、賭博ファイトでした。
拳から、体から、血と汗がほとばしり、
気持ちが高揚し、上気し、筋肉が躍動するアリ。
ただひたすら殴り、殴られる
アリのそのさまを見て、
事故の後、茫然自失の状態だったステファニーは、【生】の実態を、
いのちの輝きを実感するのです。
それは、海の中で泳いだときの安心感とはまた違う、
牙をむいた獣のような、生きるための衝動。
それは、生きるためのただ正直な肉体の制御。
肉体の限界以上に挑んでいこうとする精神。それに応えようとする肉体の反応。
原題の「錆(さび)と骨」はボクシング用語で、
口の中を切ったときの血の味のことだそうですが、
そんなアリの姿に生気を取り戻していくステファニーを見ていると、
人がなぜ格闘技に魅せられるのか、改めて気づかされたような気がします。
アリとのかかわりによって、ステファニーは両脚がないということを受容し、
リハビリに積極的になれた。
人生の一部として、そのできごとを組み入れていった。
喪失を、自ら受け止めなおしていくことができた。
その作業に、アリは確かに付き添うことになりました。
彼女の再生という意味では、
ベランダでのパフォーマンスや、シャチとの別れとともに、
アリが錆(さび)と骨のまっただ中にいる、空き地の格闘場へと
大阪のおばちゃんよろしく、つえで歩み寄っていく
しかし、それでも物語が続いていくのは、
そんなステファニーの姿を目にしたアリが、今度は変容することになるから。
アリもまた、わが子をドラッグ中毒の母親から引き離したはいいものの、
思慮がなく、
学もなく、
子どもにかけるべく言葉さえも知らず、育て方もわからず…。
ボクシングをやめてから、彼は抜け殻のようだったのかもしれません。
この映画の中で、むしろ人間的な成長を遂げるのは、アリのほうでした。
自己を実現し、愛を知ったのは、彼のほう。
そうした喪失の受け止めなおしが
再生への第一歩になることもあるのですね。
『最強のふたり』で、フィリップが自らの人生に喜びや楽しみ、
生きている実感を再び取り戻したことに近しいものがあります。
あるいは、
ドリスが、フィリップと出会って
自分の人生を、初めて自分のものとして受け止めなおすことができた
ことのほうが似ているのかな。
アリもまた、格闘技という肉体のぶつかり合いでしか
自己表現できるものはない、
これこそ唯一無二のものだと気づいていくわけです。
だから、この映画の2人の場合は、
肉体の解放が、精神の解放にもつながっています。
“病いは気から”の逆ですね。
肉体の躍動、高揚が精神のそれへとつながっていく。
そんな2人にとっては、「言葉」はあまり重要なものではないのかもしれません。
現にステファニーとアリって、大した会話はしていないですよね。
特にアリはまず、言葉を発するよりも先に体が動いているような人。
2人の間には言葉による「語り合い」みたいなことはなく、
いうなれば、よりプリミティブな、
肉体を重ねることでの対話、
フィジカルなコミュニケーションのみがほとんどでした。
アリの、ステファニーに対する介護というか、介助の仕方もそうでした。
でも、それがこの映画なんですよね。
以前、ある映画があまりにも状況や心情を
セリフで語りまくるので(アニメなのに)
途中ですっかり閉口してしまったことがあるのですが、
この2人の、言葉ではない、
生々しく、激しいフィジカルな対話には引きつけられ、
言葉なんて意味がないのかもと、思い始めたのです・・・。
ところが、ところが!!!
最後の最後になって、どどんと!!!くる
アリの言葉の重み。
ここまでのために、今まであったんだと、
これをカタルシスと呼ばずして何と言うと。
これで完全にこの映画のトリコになってしまったのは、いうまでもありません。
また、南仏の光の使い方がとても美しく、海のキラめく様子が、
言葉のない2人の世界を照らしていたのも印象的でした。
・
君と歩く世界@ぴあ映画生活
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rose_chocolatさん、コメントありがとうございました!
そうですね、男女の『最強のふたり』お互いを癒やし合うような。
投稿: uerei | 2013年5月15日 (水) 10時37分
こんにちは。
そうなんです。私もこれを観て『最強のふたり』を思い出しました。
フランス映画って、シリアスなものでもどこかそんなファンタジックな側面はあるものも多いですね。それがうまい具合にラブストーリーに生かされていた作品でした。
投稿: rose_chocolat | 2013年4月24日 (水) 21時15分